俺とは理由が異なるが、盗賊の方にも行動に迷いが見えた。
俺の魔銃による不意打ちに加え、姿の見えない何者かの存在。普通に考えれば不利と考えて撤退してもおかしくはない状況だ。 しかし、盗賊は引く様子は見せなかった。何か奥の手があるのか、それとも引けない理由があるのか。(どちらにしろ俺にできるのは、油断せずに行動することだけだ。)
そう考えてまずは距離を取りながら魔力弾でけん制する。先ほどのライトニングは効いてなかったわけではないらしく、明らかに相手の反応は鈍くなっていた。
向こうも投げナイフでこちらの動きを制しつつ近づこうとしているが、ロシェのことを警戒しているのかその歩みは遅々としたものだ。(それなら―)
俺は慎重に狙いを定めて魔法弾を撃ち放った。
盗賊は少し身をずらすだけでそれを避け、魔法弾は近くの木の根元に着弾し《《周囲の土を消滅させた》》。 当然支えを失った木はバランスを崩し、盗賊の方へ倒れてきた。「なっ!?」
突然のことに驚きつつも盗賊は咄嗟にその場を飛び退き、倒れてくる木から身を躱した。しかし、そこまでだった。気を伺っていたロシェが体勢を立て直そうとしたところを押さえつける。
『今よ!』
言われるまでもなく避けた隙を狙おうとしていた俺は、その言葉に合わせてライトニングの魔弾を撃ち放った。
「がっ!・・・」
倒れ伏した盗賊に俺はもう一発魔弾を撃ち込み、反応がないことを確認してようやく息を吐いた。
『今度は大丈夫そうね。アキツグよくやったわ』
「ロシェ、さっきはありがとう。俺のせいで怪我させてしまってごめん」ロシェに駆け寄り怪我をしているところに回復薬を掛けながら、俺はそう礼と謝罪を口にした。
『気にしないで。けれど、戦いの場での油断は死を招くわ。相手を完全に制するまでは気を抜かないようにしなさい』
「あぁ、ロシェがいなければ次を考えることすらできなかったかもしれない。この経験を無駄にはしない」 『そう、それならいいわ。私も怪我をした甲斐があったわね』 「うぐっ!本当にごめん」ヒシナリ港に着いた時には日も暮れて来ていたので、その日は宿だけ取って早めに休むことにした。 翌日、乗船料を支払って船に乗り込む。定刻になると船はエストリネア大陸に向けて出航した。「レインディア大陸ともしばらくお別れか・・・最初にこの地に来た時には生きていけるかも怪しかったけど、今になってみればそれも懐かしいな」何しろ戦う術もなくあの時点ではほぼデメリットしかないスキル一つで街道近くに放り出されたのだ。近くにリブネントの村がなければどうなっていたか。「前の世界に比べれば危険が身近にありますからね。私も幸い村が近くにあったのと村の人達が優しかったので助かりました」 「身寄りもなく急にこんな世界に一人で放り出されたら苦労するよな。・・・あれ?そういえば何でこの世界に来ることになったんだっけか?」 「そういえば何ででしょう?この世界に来る前後のことが思い出せません。前にも同じようなことを考えたことがある気がするんですけど、、不思議です」カサネさんも思い出せない様で首を傾げている。何か理由があったような気はするのだが、思い出そうとしてもぽっかりと抜け落ちたように記憶が途切れている。『よく分からないけれど、思い出せないなら気にしても仕方ないんじゃない?それとも二人は今も前の世界に戻りたかったりするの?』ロシェに問われて初めてその選択肢が頭に浮かんできた。 前の世界か。今まで生きていくのに精一杯であまり考える余裕もなかったけど、帰る方法なんてあるのだろうか?正直俺は天涯孤独の身だったし、それほど心残りがあるわけでもなかった。それに何故か分からないが、漠然と前の世界にはもう戻れないと感じている自分が居る。「俺はそうでもないかな。前の世界でも割と長いこと一人だったし」 「私は・・・そうですね。戻りたい気持ちがないと言えば嘘になってしまいます。けれど何故かは分からないんですが、あの世界に私の居場所はもう無い気がしているんです。この世界で生きていくのが私の道なのかなって」 「カサネさんもか。俺も似たような感じがしてるよ。思い出せないけど共通する何かがあったのかもな」 「アキツグさんもですか。そうなのかも
カサネさんの了承も得て、次の日にロンディさんのお店までやってきた。 店に入り、呼んでもらったロンディさんに問題ないことを伝えると、さっそく応接室まで案内してくれた。「いや~お時間を取って頂いてありがとうございます。そちらの方は初めましてですな。私この店のオーナーでロンディと申します。以後、よろしくお願いします」 「カサネです。こちらこそよろしくお願いします」二人が自己紹介をしてから、ロンディさんから以前の依頼以降の話を色々と聞かれることになった。俺は能力が多少強まったという程度に留めて新しいスキルのことまでは話さなかった。そうすると話だけでは済まずまた数日調査で足止めになりそうなほぼ確信に近い予感がしたからだ。 しかし、ロンディさんは意外なところで反応を見せた。「なんと!シディル先生にお会いしたんですか?いや、実はカサネさんの腰に見える魔道具に少々見覚えがあったのでまさかとは思っていたのですが」 「シディルさんとお知り合いなんですか?」 「えぇ、私の魔道具研究の師にあたる人です。昔は先生もこのカルヘルドで研究員をしていたのですが、旅に出た際にマグザで色々あった様でしてな。最終的にあそこの学園長に就任されることになったんですよ」まさかロンディさんとシディルさんが師弟関係だとは思わなかった。思えばどちらも魔道具研究に思い入れがあるから知り合いだとしても驚きはしなかったが。 その後も色々話をしたが、ロンディさんは俺のスキルを調査した後はそれを何かに応用できないか研究を進めていたらしい。「まだ目立った成果は出ておらんのですがな。交換という概念を何らかの形で生かせないかと試行しているところなのですよ」 「交換ですか」 「そう、分かり易いところでいえば、物体の交換やエネルギーの置換などですな。これが可能になれば新しい魔道具の仕組みを作ることが可能になるかもしれません」ロンディさんは新しい研究課題に取り組むようになって以前より生き生きとしているように見えた。その後も難しい話が色々と続いたが、俺にはほとんど理解できなかった。しかし、隣で聞いていたカサネさんは興味深そうに色々と質問をしてい
コクテンシンとの戦闘という予想外の事態に遭遇しつつも、なんとかそれを切り抜けて、カルヘルドまでやってきた。 俺は現在美術品などの仕入れに来ている。カサネさんは別行動で渡航に必要なものの買い出しをお願いしていた。まぁ仕入れなんて見ていても暇だろうというのも理由の一つだった。 しかし、美術品店に入ったところで俺は問題に気付いた。自分には美術品を見極めるような審美眼を持ち合わせていないということだ。 今まで取引していたものは殆どが一般人を相手にした食品や道具類なので、問題にならなかったが美術品には偽物が存在する。 いくらスキルの補正で優位に取引できるとしても、それが偽物であれば大損になる可能性も低くはないだろう。(危ない危ない。スキルが便利すぎていつのまにか無意識に頼りにし過ぎていた。今回は諦めて無難なものに切り替えるか)そう考えて美術品店を出たところで、ちょうど正面に居た人物から声を掛けられた。「ん?これはアキツグさんではないですか、こんなところでまたお会いするとは偶然ですな」声を掛けてきたのはロンディさんだった。「ロンディさん、お久しぶりです。今日は美術品のご購入に?」 「というよりは気分転換ですな。何か気に入ったものがあればという程度のものですよ。アキツグさんの方は何か良いものはありましたかな?」 「いえ、入ってみて自分には縁のない世界だと痛感していたところです」 「ははは。そんなことはないと思いますが、あまり深入りすると危険な世界でもありますからな。そうだ、宜しければ少し雑談でもどうですかな?」俺の返答にロンディさんは笑いながら俺を気遣うようにそう言ったが、その後良いことを思いついたというように俺を雑談に誘ってきた。「え?今からですか?私は構いませんけど、美術品店の方は良いんですか?」 「えぇ、先ほど言った通り気分転換でしたから。どちらかと言えばアキツグさんのその後についての方がよほど興味があります」そう言われて前回スキルについて色々調査に協力させられたことを思い出した。 もちろんその時は十分以上の報酬は貰ったのだが、あまり話
少しすると一つの影が森から飛び出してきた。ロシェだ!しかし、彼女は上手く着地できずにバランスを崩すと地面を転がった。『グッ!ッッツ!』 「ロシェ!大丈夫か!」慌てて近づくと、ロシェの脇腹には鉤爪で付けられたであろう深い切創が刻まれていた。 急いでマジックバッグから回復薬を取り出そうとしたところでカサネさんの声が響く。「エアストーム!」広範囲を埋め尽くす風の刃が放たれ、ロシェを狙っていたイタチを足止めした。 その隙に俺は回復薬をロシェの傷口に掛け、残りは飲ませた。 嵐が収まった後イタチからの追撃が来るかと思ったが、カサネさんの魔法を警戒したのかイタチは森から出ようとはせず、しばらく憎々しげにこちらを睨みつけていたが、やがて森の中に姿を消した。「まだ安心はできません。馬車に戻って早くこの場を離れましょう」 「あぁ、そうだな。ロシェ、大丈夫か?」 『えぇ。まだ痛むけど動けないほどじゃないわ。早くいきましょう』そうしてなんとか、イタチの様な獣の襲撃を逃れた俺達は足早にその森を後にしたのだった。その後、あの森からかなり離れたところで漸く一息ついた俺達は周囲を見渡せる草原で休憩を取っていた。「にしても何だったんだあの獣は。あんな体躯で軽々と森の中を飛び回るなんて反則だろ」 『あいつ、たぶん以前に私を襲ってきたのと同じやつだと思うわ。あの時は暗くてよく見えなかったけれど、動きが同じだった。何でこんなところに居たのかは分からないけど』 「俺達が初めて会った時にロシェが怪我させられたっていうあれか?」 『えぇ。私を執拗に狙ってきたのも、以前仕留め損ねた獲物を覚えていたのかもしれないわね』 「私もあんな獣は初めて見ました。森の外までは追いかけてこなかったので助かりましたね」不意を突かれたとはいえ身体能力の高いロシェが命からがら敗走したなんて、どんな相手だったのかの思っていたが、あいつであれば納得だった。森の中であんなのと真面に戦える奴なんてそうはいないんじゃないだろうか。「何にしてもロシェが無事でよかった。ロシェに任せて逃げることしかできな
日暮れになりいつものように野営の準備をして、近くの森の中へ薪を集めに行く。 薪を拾っていると珍しくロシェがこちらにやってきた。「どうかしたのか?」 『いえ、なんだか嫌な予感がしたのよ』その時、近くの木からカサッと物音がした。 俺はその方向を見ようとしたが、次の瞬間ロシェに体を押し倒された。「な、なんだいきな『敵よ!早く立って!』俺が言い切るより先にロシェが俺に檄を飛ばしてきた。 その声に危機を悟った俺は急いで立ち上がると周囲を確認する。索敵スキルには何の反応もなかった。相手は気配を隠して攻撃してきたということだ。「大丈夫ですか?何があったんです?」ロシェの声に気づいたらしいカサネさんがこちらに近づいてきた。『木の上に敵よ!アキツグ、光を』言われてライトの魔法を発動させると、そこには木の上から獲物を狙うようにこちらを見つめる大型の獣の姿があった。姿はイタチに似ていたが、その体毛は漆黒で口から伸びる鋭い牙と前足に生えた鉤爪がその凶悪さを表していた。 そいつは光を嫌うようにすっと木の影に姿を消した。「退いたのか?」 『多分違うわ。気配を殺してこちらの隙を伺っているのよ。警戒を緩めないで』俺達が警戒しながら相手の出方を伺っていると、向こうの方から仕掛けてきた。 狙いは・・・ロシェだ!『ッ!』紙一重でロシェがイタチの攻撃を避けた。カサネさんが相手が着地したところに魔法を発動する。「アイシクルランス!」しかし、イタチは素早い身のこなしで跳ねるとその攻撃を軽く回避した。 空中に浮いたところを狙って俺が魔銃を撃ち放つも、イタチは近くの木の幹を蹴ってその射線から逃れた。『森の中じゃ不利だわ。外に!』ロシェの指示で俺達は森の外へ出ようとしたが、動きを察知したイタチが先回りして、こちらの進路を妨害してきた。「逃がす気はないってことか。頭も回るし厄介な奴だな」姿を隠されるとこちらからは見つけることができず、イタチの攻撃の返
翌日、俺達はパーセルの街を出てヒシナリ港へ向かっていた。 日誌の件をフィレーナさんに相談することも考えたが、まだ本当に存在するかも分からない話だ。見つかった時に考えればいいだろうという結論になった。「それにしてもどんな魔法なんでしょう?編み出した本人が扱いきれないなんてよほど強大なものなのか、それとも複雑な制御を必要とするものなのか」 「どうだろうなぁ。シースザイルって人がどんな人だったのかもあまり分からなかったしな。案外研究者としては優秀だけど、魔力が少なくて魔法を使うには向いてない人だったとかいう可能性もあるかもしれない」一応図書館でシースザイルという人の記録が残っていないか探しては見たのだが、過去の著名人の中にその名はなかった。「実は他の魔導士なら普通に扱えたっていうオチだったら、私達何のために遥々エルセルドまで向かうんだって話になっちゃいそうですね。あんな仕掛けまで使って隠していたんですし、そんなことはないと思いたいですけど」 「あぁ。まぁ今はあまり考えてもしょうがないさ。まずはエルセルドに行ってみないとな。カサネさんは行ったことはないんだっけ?」 「えぇ。近くの街までは行ったことがありますけど、あの頃はあまり遺跡には興味がなかったので。でも、エストリネア大陸はそれなりに回ったのである程度の街やダンジョンなどは案内できますよ」俺の質問にカサネさんはちょっと申し訳なさそうに答えた。しかし、気を取り直すとエストリネア大陸のことは任せて下さいと胸を軽く叩いた。「それは頼もしいな。そういえば、大陸は違うけど言語は共通なのか?カサネさんは初めて会った時から普通に言葉が通じたけど」 「そうですね。エストリネア大陸でも使用している言語は基本同じです。一部の地域では独自の言語を継承している部族も存在しているみたいですけど」 『そう言えば、以前食べた大陸産の果物は美味しかったわね』 「あ、そうなんですよ。向こうのユムリ港の近くに大きな果樹園があって、向こうの大陸でも人気が高いんです。取れたてのはもっと美味しく感じると思いますよ」 『へぇ、それは楽しみね』カルヘルドやヒシナリ港の時に食べた果物か。あ